父の容態

昨晩、父の面倒を看てもらっている施設の人から電話があった。

父が意識を失ったので、これから救急車でA病院に運ぶ予定のため、A病院まで至急来てほしいとのこと。

実は、一昨日も、頭が痛いとのことで、救急車で同じA病院に運ばれたのだった。

一昨日は母のみ病院に行ったが、昨日は私も同行した。

行くと施設の人がすでに来ていて、事情を説明してくれた。

夕食を食べていたら、だんだん意識を失ってしまったとのことだった。

目の前を医師と看護婦に付き添われ、ベッドに横になっている父が通り過ぎて行った。もう意識が戻って、目を覚ましているようだった。

実は、救急隊員の呼びかけで救急車の中で、目を覚ましていたのだそうだ。これからレントゲンや脳の検査を受けるとのことだ。

しばらくすると検査を終え、車椅子に乗った父が看護婦に伴われてやってきた。

しばらくぶりの再開だ。新型コロナのため、面会できず、もう数か月も会っていなかったのだ。

かなり老いが進んでいる様子だったが、私や母のことは覚えているようだった。

検査の結果が出るまで、しばらく父と話していた。唾をのみ込む力がないからか、口からはヨダレが垂れてしまうが、会話もできるようだ。

父は現在78歳、一人で歩くことは困難な状態だ。

しばらくして検査結果が出たということで、母と施設の人が医師の説明を聞きに診察室に入っていった。

残された私と父、老いた父の姿を見て悲しくなった。

サラリーマン時代の背広を着て会社に出かける父の姿、庭でゴルフの素振りをする父の姿、テレビを観る父の姿、車を運転する父の姿・・・。元気だったころのいろいろな父の姿が思いだされた。

私も50歳になり、家庭を持ち、お金を稼ぐことの大変さを知った。父もどんな思いで私たち子供を育ててきたのだろうか。

今まで育ててくれたことを心の中で感謝した。

父は各種検査を受けたので、診察代のことを心配していた。(本当はお金はかからない。)

「お金は私が持っているから心配ないよ」と伝えると、安堵した様子になった。そんな父の姿を見て涙が出てきた。

子供にお金は出させないという親としての義務感から心配したのだろう。

「どうかこれからは何も心配せずに、心安らかに過ごしてください」心の中でつぶやいた。

しばらくして母親たちが戻ってきた。検査入院をするという。意識を失た理由が分からないので、詳しく検査する必要があるためだそうだ。

父を病室に移して、母と家路についた。家に着いた頃には日にちが替わっていた。

しばらく会っていなかったが、意外と元気なのに安心した。

次はいつ会えるだろうか。

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