9年前のあの日

今日は3月11日。東日本大震災の日だ。

あの日から9年がたった。

9年前と言えば2011年、セミ・リタイヤ(無職)生活を送っていた頃だ。

あの日もWi-Fiの繋がるマクドナルドでコーヒーを飲みながら、株のトレードをやっていた。

そのマクドナルドは、大型スーパー内の一角にあるものだった。

ノートPC画面に映る、株価板情報の点滅を観ていた。

あと15分で15時というところで、はじめの地震が起きた。

大きかったな揺れだったが、間もなくおさまった。

さて、そろそろ帰るかと帰り支度を始めた時、次の地震が来た。

「また地震か、よくあるな」と思っていたが、いつもとちょっと違う、なかなか止まない。

スーパーの人が慌てて、外に出るように促した。

外に出ると揺れは激しさを増した。

地面はレンガのブロックを敷き詰めたものだったが、そのブロックが波打っていた。あまりに揺れが激しいので、立っていられず、しゃがみこんだ。

震度どれくらいだ?5か6はあるのではないか?

スーパーを見ると天井からつるされた飾りが剥がれ落ちた。

初めて経験する、揺れだ。

しばらくして揺れはおさまった。

スーパー内のマクドナルドに戻り、PCで株価をチェックする。少し下げている程度だ。

かなりの揺れだったが、株価にはそれほどの影響はなさそうだ。15時になり、PCを閉じた。

今思うと、相場が終わるまで時間があったのだから、何でもいいからカラ売りしておけばよかった。

家に帰る道が、かなり混んでいる。車が動かない。さっきの揺れで道路が陥没でもしたのかなと思ったほどだ。

ラジオの「FMぐんま」から流れる放送は、地震に関するものばかりだ。無理もない。

するとなぜか私の友人の名前がラジオから聞こえた。

「え!なぜ!彼が」

FMラジオのアナウンサーの友人なのだろうか?県民代表として先ほどの地震の状況を説明していた。こんな形で、久しぶりに彼の声を聴くなんて。

そんなこんなでいつもなら30分で帰れる道を2時間くらいかかって家に着いた。

停電で、電気が来ていないという。オール電化の我が家には、痛い状況だ。しかも天井にあるソーラーパネルは、もう夜なので発電していない。

幸い、ガスコンロがあり、食材はあった。お湯を沸かし、鍋を皆で食べた。

夕方、家族がスーパーに買い出しに行ったそうだが、カップ麺やインスタントラーメンなどの食材は、すべてなかったそうだ。

地震の起こったときに、スーパーにいたのだから、何か買って帰ればよかったと思ったが、その時はこれほどの規模の地震だとは思っていなかったのだ。

その日は満月で月が綺麗だった。

停電のため周りが真っ暗だったため、余計に月がまぶしく見えた。

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