歩く銀杏 (7) 後編

<引用ここから>

1) 相場の各局面における様々な心の微妙な波立ちを理解する

数年前に、こんな宣伝文句の本が出版されたことがありました。 曰く、「日本でただ一人、バブル崩壊の前に全株式を売った男が、今動き出した」
私は84年から恐る恐る相場に関わりはじめて以降、初めはささやかに、拙く、しかし休むことなく相場を続けてきました。 その結果がこの程度かと、忸怩たる思いもありますが、なにはともあれ、歩きつづけてきました。

全株式を売った男が、左ウチワ右扇風機で冷ややかに相場を見つめていた間も、売りも知ら ず、ただひたすら年に数回の買い場を捉まえようと、全神経を集中して苦闘してきました。私がこの男にかろうじて対することができるとするなら、私は歩きつづけてきた、雨に打たれても、風に吹かれても、歩きつづけてきたというその経験なのです。

90年以後、ほとんどの投資家が持ち株を塩漬けにしたまま、株式市場に背を向けていきました。担当の証券マンは、あるものは家業を継ぎ、あるものは外資の保険会社へと転職していき、 毎年のように変わりました。

そうした中で、この10年、それこそ10回以上の急落、永遠に続くかと思われた低迷、一瞬の 反発、様々な相場の局面に遭遇しながら、諦めず静かに売買を続け、そして孤独の静謐の中 で、群衆から遠く離れて、ひたすら自分の心を見つめつづけたのです。

その結果、どう言う局面では自分の心がどのように変化し、どう言う心境になったときに相場 はどう動くかという事が、かなり正確にわかるようになったのです。 私に自信めいたもの、わずかにあるとするなら、実はこの自分の心理に対する絶大なる信頼なのです。

急落暴落や逆に青天井などに出合ったとき、人は恐怖や欲望から思わず我を忘れて、第3者から見ればあまりに理不尽な行動をとってしまいます。いわゆる「魔がさす」のですが、過ちはすべてこの「魔がさす」ことによって、起きるのではないでしょうか。 私のほとんど唯一のぎりぎりの矜持は、私には(相場では)「魔がさす」ことはない、ということだけなのです。

10年以上に及ぶ前代未聞の大下降相場が、私を鍛えてくれたのです。 勿論支払ったその代償は、思い返しても余りあるものがあります。

少し具体的な話をしましょう。
暴落にあったとき、私の心の動きは大体次のようになります。
ああまた来たな、まいったなあ、でもまだ空売り連中は少しびくびくしながら売っているなあ、 まだかなあ、早く終わらないかなあ、疲れるなあ、世間の人は、オレがこんなに損をしているなんて誰も知らないだろうなあ、オ、空売り連中が安心して売り出したぞ、よし近日中に反転するぞ。

つまり、どのような局面でも、心の状態はすべて予想されており、人は、予想されたものにはたとえそれが不幸であろうとも、意外と強いものだという事です。

突然にやってくるものが、人を破滅へといざなうのです。

以前空売りをしたいという若い人に向かって、確か哲人28号氏が(正に名が体を表す正真正銘の哲人氏です)、10年早いと、一喝したことがあったように記憶しています。 同じ「買い」と「売り」なんだから、いいのではないかと思われたかもしれませんが、現物の買いと信用の売りとでは、それこそ天地が逆さになったくらいの心理面における落差があるのです。駄目なら塩漬け、最悪投資金額だけの損ですむ現物買いに比べ、損は無限、塩漬けもできない信用の売りの心理的緊張感圧迫感は一度経験してみると、大いに学ぶところがあると思います。

早い話、2000株持っている現物株を1000株信用で売ってみることは、相場の心理学を知る上で役に立つかもしれません。 買いが1000株多いのですから、当然株価は上昇しなければ儲けにはなりません。

しかし少なくとも信用売りをした後数日間は、あなたはきっと、株価の下落を願うようになっていると思います。 そのくらい、相場の心理は微妙なものであり、様々な局面に応じて、様々な心理模様が生み出されます。そうした自らの心理をじっくりと観察することは、若きあなたに相場の天才への道をおぼろげに指し示す一つだと私は思っています。

その学習法の一端を以下に紹介しますが、その前に、私は空売りを経験することは、いいことだと思っています。(儲けるためではありませんよ、1000株だけ、慎重に、本当に慎重に) 「買い、という1次元の点に、売りという新たなる点を加えることによって、点と点とが結ばれて2次元の線となり、そこにそれまで予想だにしなかった新たなる地平、相場のパースペクティブ (遠近法)とでもいったものが、開けるかもしれないからです。

さて、若き天才志願者に送る、オヤジよりの(私のような苦労をしないための)学習法です。 株式ノート1冊作ります。 1銘柄買ったら、その値段と、自分の心の状態を、1行だけ書きます。 以下毎日、その値段と自分の心境を、1行だけ書きます。

絶対に1行です。

それ以上書くと、書くという行為の持つ自浄性やまやかしや自己弁護などが出てしまい、心の 透明性が濁ります。 例をあげますので、参考にしてください。

200円 今日、買った。上がるといいな。少しドキドキ。なぜかえらくなったような気がする。バカみたい。

223円 順調に上がっている。でも、あがるとかえって不安で疲れる。売ろうかな。

206円 どうなんだろう、ここ3日値下がり、やっぱり売っておいたほうがよかったかな。

206円 もう5日も全然動かない。つまらない。売ってもっと値動きのいい株に乗り換え様かな。

こんな具合です。

こうしたノート、3年、5年、続けるならば、あなたは相場の心理面に、かなり強くなると思います。そしてせっかくのあなただけの誰も持っていないノートです。 繰り返し繰り返し読み返します。

売買に迷ったら、今の自分の心理状態と同じ事が書いてあるところを探し出して読みます。 そこに翌日の株価の動きが書いてあるのですから。

<引用ここまで>

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