相場物語スタート

今回から秘密の小部屋さんの「相場物語」の連載を始める。

<引用ここから>

* 相場物語(1)

株式投資を始めた当初、私も例にもれず証券会社の回転商いの渦の中に投げこまれ、連日 電話がかかってきては証券マンの言われるままに、毎日のように売り買いを繰り返していました。

比較的市況に恵まれていたため、1年間ほどはそれなりの利益を上げることが出来ました。 気がつけば1年後には、定期預金を解約し、国債を売却し、資金の全額を株式投資に注ぎこんでいました。 しかしもともと気弱でひねくれたところがありましたから、こんなことをしていて本当にいいのだろうか、というある種の違和感は常に抱きつづけていました。

その当時、頭に引っかかっていたのは、担当の証券マンがため息をつくように漏らした言葉、 「株というのは、儲けられるときに出来るだけたくさん儲けておくものなんですよ」 ということは、いずれ大損をするときが来るという事ではないのか?ふと疑問に思ったのです。

そんなある日、受け渡しに行った証券会社で、たまたま担当の証券マンが休暇を取っていて、お金の授受をしている経理の地味な男の人が代わりに出てきました。 やれ買いだ、売りだと、大騒ぎをしている証券マンたちの一番奥で、その人はいつも静かに穏やかに、黙々と仕事をしていて、私の心の中で何がしらその人を軽く見る心がなかったとはいえません。

事務的な手続きが終わった後で、その人がポツンと一言呟いたのです。 「本当は株屋がこんなことをいってはいけないのですけど、あなたなら解ってもらえるような気 がするので」 彼は遠慮がちに、まるでスイカの種でも吐くかのように続けました。 「株というのは、本当はこんな風にやるものではないんですけどね」

思いもかけない言葉に瞬間私はポカンとして、その人の顔をじっと見つめ、けれど何も言いま せんでした。 しばらく沈黙が続いた後、その人は恥ずかしそうに微かに笑いました。 「どうやら解ってくれた様ですね」 「どうしてですか?」 「それならどうやればいいのか、と聞き返さなかったからですよ。 あなたはご自分でご自分のやり方を考えなければなりません。 奥さんをご自身で選んだみたいにね」 私は立ちあがり、深深と頭を下げて言いました。 「ありがとうございました」

そのとき以後、その人の顔は何度も見かけましたが、いつも部屋の一番奥まった机に向かっ ていて、言葉を交わすことはついに一度もありませんでした。 それでも私は、私の売買記録をその人が見ていると考えると、もうそれまでのようなドタバタし た回転商いは出来なくなっていました。

証券マンと多少の距離を置き、電話をかけないように頼み、私に向いたやり方は何なのだろうか?と、考え始めました。

投資スタイルを決めることが結婚することと同じならば、私は妻の性格のような投資スタイル でいこう、と思いました。 私の妻はおとなしく、消極的で、ほとんど自分の意見を言うことはありません。それならやっぱり「逆張り」だな、そう決心したとたん、答えは思いがけないところから意外に早くやってきました。

数多く読んだ本のいずれからでもなく、証券会社の資料の棚で忘れられていた「投資信託月報」という古ぼけたノートのような、数字ばかりが羅列された誰も手に取らない汚れた小冊子。 読むつもりもなく手にとってパラパラとめくり、活字の多さにうんざりしながらどんよりと濁った 視線をその冊子に落としたとき、私の知らないところでひそやかに、何かの扉が開かれようとし ていたのかもしれません。N・ドレマンという、聞いたことすらない名前が、目に飛び込んできました。

N・ドレマンという人が、どのような経歴を持つのか、私は知りません。 しかしその冊子の片隅で、彼は「時流に乗るな」と道を示してくれていたのです。 以下、彼の言葉、(以下次回に続きます)

<ミニ解説>

投資スタンスを決めかねて悩んでいる若い方が多いように見うけられますが、投資スタンスとはもしかしたら、異性のようなものなのかもしれません。

例えば男性の場合(女性の皆さんごめんなさい)、若いうちはあれこれ色々な女性に目移りがするのは至極当然のことで、まだ女性の持つ奥深さはわからず、外見の見栄えで判断しやすいものです。 恋人が出来ても完全に落ち着いたわけではなく、ケンカをすると(損をすると)すぐ別れたりします。結婚して(投資スタンスが定まって)からも、浮気性の人、奥さん一途な人等様々で、中には 離婚してそのままの人(株をやめる)、再婚する人(新しい投資スタンスに変える)もいます。

投資スタンスとは皆さんの想像以上に、その人の生きかたと、複雑に絡み合っているものです。

若い方はあまり性急に決めることはないのかもしれません。 時には失恋の涙一筋流しながら、理想の相手を探してはどうでしょうか。 最もどこかで決断(それは結婚と同じく、あきらめと同義なのかもしれません)しなくてはなら ないのですが。

「結婚の一番よい点は、もう一度結婚しなくて済むところである」(塩野七生)

<引用ここまで>

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